AI異常検知と個体識別技術で実現する検査自動化とトレーサビリティ

本稿は『プレス技術』2026年6月号(日刊工業新聞社)特集「脱・目視を目指す検査自動化の最新トレンド」に寄稿した原稿からの抜粋です。誌面の組版とは異なります。
不良品サンプルなし・部品へのタグ付けなし――それでも量産初日から全数自動検査とトレーサビリティを同時に立ち上げられる。本稿では、株式会社GAZIRUが開発したAI異常検知システム「GAZIRU.eye」とタグレス個体識別システム「GAZIRU.z」を用いた、プレス加工現場における品質管理高度化の具体的なアプローチを解説する。
1. プレス加工現場における課題
プレス加工は自動車部品や電子機器部品、家電製品など幅広い産業の製造を支える基幹工程であるが、品質管理の現場では複数の課題が重なっている。
検査工程においては、熟練検査員の不足と高齢化が進む中、目視検査への依存から脱却できていない工場が多い。新製品の立ち上げ時には品種ごとに検査基準の再設定が必要となり、多品種少量生産への対応が特に大きな負担となっている。従来の画像検査システムでは大量の不良品サンプルを事前に収集して学習させる必要があり、試作段階では不良品が揃わず、検査自動化の導入が量産開始に追いつかないという構造的な問題が生じていた。
トレーサビリティの面でも課題は深刻だ。微細部品や高温・高圧工程ではRFIDタグやQRコードの貼付が物理的に困難なケースが多い。検査結果と個体情報の紐付けが手動で行われているため、不具合発生時の原因追跡に数日を要することも珍しくない。自動車業界ではPPAP(生産部品承認プロセス)対応として検査証跡の整備・管理工数も重い。

図1 プレス加工現場における品質管理の課題
2. GAZIRU.eye:正常画像のみで学習するAI異常検知
GAZIRU.eyeは、こうした課題に応えるために開発されたAI異常検知システムである。正常品画像のみを学習データとして用いる「教師なし異常検知」アプローチにより、不良品サンプルが揃わない試作・立ち上げ段階から導入できる点が最大の特徴だ。
技術的特徴
正常品画像30〜50枚を用意して学習させるだけでモデルが完成し、あとはしきい値を調整することで現場の要求品質に応じた良否判別精度が得られる。学習処理は数十秒で完了するため、生産ラインのセットアップと並行して準備を進めることが可能だ。試運転時の正常品画像を学習データとして活用すれば、量産初日の時点ですでに推論可能なモデルが完成した状態でラインに臨むことができる。これは検査システムの導入が量産立ち上げの「ボトルネック」になりがちだった従来の課題を根本から解消するアプローチである。
推論処理は数百ミリ秒~1秒以内でリアルタイム検査にも対応しており、ラインスピードや要求精度に合わせたパラメータ調整が可能だ。また、推論結果はシステム連携用のインターフェースを通じて取得でき、異常スコアのヒートマップに加え、しきい値を超えた箇所を明示した画像(異常個所マーク画像)も出力できる。AIの判断根拠が画像として明確に示されるため、品質監査や顧客への説明資料としても活用できる。

図2 GAZIRU.eye:学習フローと推論フロー
従来型AIシステムとの比較
従来型AIシステムとGAZIRU.eyeの主な違いを表1に示す。
表1:従来型AIシステムとGAZIRU.eyeの比較
比較項目 | 従来型AIシステム | GAZIRU.eye |
|---|---|---|
必要な学習画像 | 良品・不良品合わせて数百〜数千枚 | 正常品30〜50枚のみ |
学習完了時間 | 数時間〜数日 | 数十秒 |
不良品サンプルの要否 | 必須 | 不要 |
新製品立ち上げ時 | サンプル収集まで導入不可 | 量産初日から稼働可能 |
プレス部品への適用と導入効果
バリ・打痕・表面傷・欠けなど、プレス加工で発生しやすい不良はいずれも正常品との「見た目の差異」として現れる。正常パターンからの逸脱を検出するGAZIRU.eyeのアプローチはこれらと高い親和性を持ち、目視では見落としやすい微細なバリや浅い打痕においても均一な判定を繰り返す。また、外観検査に加え、超音波探傷試験などの非破壊検査画像にも適用可能だ。
導入によって期待される効果は主に3点ある。第一に、全数自動検査への移行による目視検査依存からの脱却である。これにより検査員不足が解消されるとともに、熟練者をより付加価値の高い工程へ再配置できる。第二に、判定基準がAIによって固定されることで時間帯・担当者・疲労度に左右されない検査品質の均一化が実現する。第三に、検査結果のデジタル蓄積による品質管理の高度化であり、工程能力の継続的な監視や不具合発生時の原因追跡が大幅に効率化される。
ヒートマップは画像内の相対的な異常スコアの大きさを示す。

図3 プレス成形部品(割れ・汚れ)の異常検知例
※画像出典: Defected And Healthy Fender by Fender Apron Testing Training, CC BY 4.0(ヒートマップは株式会社GAZIRUがGAZIRU.eyeを使用して出力)
https://universe.roboflow.com/fender-apron-testing-training/defected-and-healthy-fender
3. GAZIRU.z:タグレス個体識別技術
技術概要
GAZIRU.zは、RFIDタグやQRコードを一切使わず、部品表面の微細な紋様パターンだけで個体を識別するタグレス識別システムである。人間の指紋と同様に個体ごとに固有のこのパターンを高精度に読み取り、データベースと照合することで個体を特定する。照合速度は3万件/秒を実現しており、大量生産ラインにおけるリアルタイム識別にも対応できる。

図4 GAZIRU.zによるタグレス個体識別とトレーサビリティの仕組み
ロバスト性と適用可能性
実用上の課題となる撮像時の位置・角度・スケールのずれに対し、GAZIRU.zは自動補正技術を実装している。部品の置き方や搬送状態に依存しない安定した識別が可能である。
タグレス識別は金属部品製造現場が抱えるトレーサビリティの課題を解消する。バーコードの貼付が困難な微細部品や高温・高圧工程での使用部品、レーザー刻印を試みても精度面で課題が残るケース、さらにはバーコード貼付前の工程からトレーサビリティを確保したいというニーズに対し、カメラで撮像するだけで識別が完結するGAZIRU.zは有効に応える。プリント基板のような極めて滑らかな鏡面に近い表面粗さの識別実績もある。ただし、識別の可否は撮像環境に依存する部分が大きく、外観上は平滑な表面であっても、微細な凹凸を捉えられる適切な撮像条件が求められる。また、撮像環境によっては識別困難なケースもあるため、適用可否の事前確認が必要となる。
4. トレーサビリティの実現
製造ライン上でカメラが部品表面を撮像して個体識別番号を登録し、以降の工程では同じ部品をスキャンするだけで製造日時・使用金型・ライン番号・検査結果を紐付けることが可能となる。
不具合発生時の原因追跡も大幅に効率化される。従来はロット単位の調査に数日を要することも珍しくなかったが、個体識別によって「いつ・どの設備で・どの条件で製造された部品か」をピンポイントで特定できるため、調査時間を数時間へと短縮できる。影響範囲を個体単位で絞り込めることでロット全廃棄という過剰対応を回避でき、損失の最小化にもつながる。
個体レベルのトレーサビリティはEUが推進するDPP(Digital Product Passport:製品の製造から廃棄までの全情報をデジタルで記録・管理することを義務づける欧州の制度)への対応基盤としても注目されている。2030年頃までに自動車・電子機器など幅広い製品への適用拡大が見込まれるこの制度に対し、GAZIRU.zが構築する個体単位の製造履歴データは直結する情報資産となる。
5. AI異常検知×個体識別の統合効果
GAZIRU.eyeとGAZIRU.zの組み合わせで実現するのが、検査結果と個体履歴の自動紐付けである。「いつ・どの設備で作った部品が・どのような検査結果だったか」の全履歴がタグレスでデジタル蓄積され、検査記録と個体情報の突合作業が不要となる。PPAP対応における証跡の整備工数が大幅に削減できるほか、自動車に限らず家電・電子機器など全数トレーサビリティを求めるあらゆる業種において、品質管理業務のデジタル化基盤として機能する。

図5 AI異常検知×個体識別の出荷前統合トレーサビリティフロー例